天保暦は、1844 年(天保 15 年)から 1872 年(明治 5 年)まで使われた、日本史上最後の太陰太陽暦です。現在「旧暦」「お盆」「中秋の名月」などと言うときに参照されているのは、基本的にこの天保暦のルールに基づいています。
編纂は江戸幕府天文方・渋川景佑によって行われ、当時最高水準の西洋天文学を取り入れています。節気の判定に「定気法」(実際の太陽の位置で節気を決める)を初めて採用した点が画期的で、これは現代まで引き継がれている方式です。
天保暦の運用は明治政府によって 1872 年 12 月 2 日(旧暦)で終了。翌日からグレゴリオ暦に切り替わり、明治 6 年 1 月 1 日となりました。これが「明治改暦」です。
古暦コンパスで判定する旧暦は、天保暦のルールを現代の高精度天文計算で再現したものです。