暦の歴史・暦法

明治改暦

めいじかいれき

1872 年に明治政府が断行した、太陰太陽暦からグレゴリオ暦への大転換。日本の暦の最大の転換点。

明治改暦は、1872 年(明治 5 年)11 月 9 日に明治政府が公布した、太陰太陽暦(天保暦)からグレゴリオ暦への大転換です。同年 12 月 2 日をもって旧暦を廃止し、翌日を明治 6 年 1 月 1 日として新暦をスタートさせました。

なぜ唐突に改暦が行われたのか。政府の表向きの理由は「国際化のため」ですが、実は財政事情も大きかったとされています。当時の政府は役人の給料を月給制にしたばかりで、1873 年が旧暦では閏 6 月のある 13 ヶ月の年になる予定で、給料を 13 ヶ月分払う必要がありました。改暦を断行することで、給料 1 ヶ月分の節約に成功したのです。

この急な改暦により、人々の生活は大きく混乱しました。お正月・お盆・節句などの伝統行事の日付がすべてズレ、現代まで続く「旧正月・新正月」「七夕の 7 月 7 日と 8 月 7 日」「お盆の 7 月 15 日と 8 月 15 日」といった併存現象が生まれます。

明治改暦から 150 年以上経った現在も、節気や行事の本来の意味を理解するには、旧暦・新暦の両方を行き来する視点が必要です。古暦コンパスは、この両方を同時に表示することで、現代生活に伝統暦の知恵を活かせる形を目指しています。

1872 年 11 月 9 日公布、12 月 3 日施行(旧暦 12 月 2 日の翌日が新暦 1873 年 1 月 1 日)。

この日に向くこと

    避けるべきこと

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