貞享暦は、1685 年(貞享 2 年)から 1755 年まで使われた、日本史上初の国産暦法です。江戸幕府の天文方・渋川春海(しぶかわはるみ)が、宣明暦の誤差を解消するために編纂しました。
渋川春海は、当時の中国(清)の暦法「授時暦」と元の郭守敬の観測技術を学びつつ、京都での独自の天文観測を加えて、日本の経度に合わせた暦を作りました。これは「日本人が初めて自分たちの土地で天文を観測し、その結果に基づいて暦を作った」歴史的な大事件です。
冲方丁の小説『天地明察』とその映画化作品は、渋川春海の改暦事業を題材にしたものとして広く知られています。
貞享暦はその後 70 年使われ、宝暦暦・寛政暦・天保暦と段階的に改良されていきます。日本独自の天文観測の伝統がここから始まったのです。